FC2ブログ
神に祈った事それは...早くあなたのお気に召される様に
<
はにかみ笑顔
2015-06-03 Wed 21:25
「ほんとうは傷付いているだろうなぁと思って」
その人は僕にそう言った。
その時、僕は、確か、首を傾げた。
ぴんとこないけど、言われてみればそうなのかなぁと考える余地がないわけでもない、そんな感じだった。でも、僕はその言葉が好きじゃなかった。
僕のことは、僕にしかわからないはずなのに、なんでそんなこと言うんだろうって。なんかすこし傷付けられたみたいな気持ち。

そして、その言葉は僕の中で尾を引いている。
僕は、傷付いているのだろうか。

床には、昨日の夜中に分解したままのラジオの部品が広がっている。部品を手に取って、どうしたものかと考える。音楽プレーヤーから出す音を大きくしたくて、ラジオに繋いでスピーカーにしようと思ったのだけれど、上手くいかなかったのだ。
ひとまず、作業を続けてみる。だけど、どこか集中できなくて、頭の中でその人の言葉、その人がその言葉を発した時の表情が浮かんでくる。

その人は、すこし僕を哀れんでいるような、そんな表情をしていた。だから、僕は余計に傷付いたのだ。僕は傷付いてなどいないはずだったのに、勝手に傷付いていることになり、哀れな眼しを向けられる。
勝手に決めつけないでほしいと、今になって沸々と怒りみたいなものが沸き起こる。

玄関の鍵が開く音がした。母が帰ってきたみたいだ。
僕は、耳を澄ませている。母の足音、鞄を置くときの置き方、ドアの閉め方。それらの些細な音で今日の母の機嫌を察知する。
今日は機嫌が悪い訳ではなさそうだった。

ため息をついていた。ベッドの上に仰向けになる。
どこかで母の機嫌が悪くなかったことに安堵したのだろう。
あの人の言っていたことがまた蘇る。

僕は、見ないようにしてきたのだろうか。僕と母の間にある深い深い亀裂を。
母から言われた言葉。真に受けないようにしてきた言葉。
それらは僕に向けられているという事実を。

そういえば、その人は「あなたはどんな気持ちになるの?」と聞いてもきた。
その時もたぶん首を傾げた。

僕は、自分の気持ちとかあまり考えない。あまり、気にしない。あまり、感じない、ようになった、いつからか。たぶん、それは母と僕の間にある亀裂に関係している。

「死んでくれ」
初めてそう言われたのはいつだったのだろうか。
思い出せない。だけど、まだ小学生だったような気がする。
僕は、その言葉の意味がわかるようでわからなかった。「死ぬ」ということの意味はわかるけど、母が僕にそう言う意味が。そこにどんな想いが込められているのか。でも、母は僕を良く思っていないということだけは伝わってきた。今、思えば、僕が邪魔だったのだろう。
そして、いつからか、そう言われることに慣れてきて、漠然と母は僕と一緒にいたくないのだろうと思うようになった。しょっちゅう家にやってくる男の人と楽しそうに喋っている声が聞こえてくるときは、とくにそう思った。

僕の中で「かなしい」と思った日が思い出せない。
正確に言うと、記憶はある。きっとあれは悲しかったのだ。
いつものように、「あなたを見ているとあなたの父親を思い出すから、見たくないのよ」「死ぬか、野宿でもして」とか、そんな類いの言葉をヒステリックにまくしたてられた時、母が一方的に言い終わってどこかへ行ったときに、一人で部屋で泣いていた。膝を抱えて、しくしくと、声を出さないように泣いていた。
でも、あの日の僕はとても遠いところにいて、感覚が掴めない。映像は流れるけれど、音は聞こえないような感じ。

あの人の言ったことから推測するに、僕は母から言われた言葉や母の態度によって、感情を生まないようになった。それは、僕が母と一緒に生活していくための術だった。一緒にいても、傷付かないようにする術。傷付いた僕が生み出したとっておきの術。

久しぶりに涙が出た。
僕はどうすればいいのだろう。
ほんとうはずっとずっと昔に傷付いていて、その傷を見ないようにしてきただけだったことに気付かされて、これからどうすればいいのだ。
あの人は、どうすればいいかまで教えてくれなかった。
「あなたが心の傷が回復すればいいなって思ってる」
そんなよくわからない言葉だけ発して、終わった。

一度出た涙は止まらない。
誰か僕に教えてくれ。
僕はどうすればいいの?
僕が悪かったの?
僕は…。

涙を服の袖でごしごしこすっていたとき、なんでかわからないけれどすこし前に出会った人を思い出した。
その人は面白い人だった。僕が夜中にラジオを分解して、でも結局中途半端なまま放っておいて、そのあとボーッとしていた話なんかをしたら、周りがきょとんとしている中、「わかる〜、夜中ってそんな感じだよね。なんかいきなり思いついて、し始めてみるけど、途中で飽きたりして、そんなこんなしてたら空が明るくなってきて、空を見ながらぼーっと物思いにふけってるよね〜」と笑いながら言ったのだった。
僕は一瞬驚いて、でもいつの間にかその人と一緒に笑っていた。

その時のことを思い出していた。
「そんな感じでいいじゃん」
開き直るように、僕のことを勝手にわかったように言ったあの人に向けて文句を言うように、そう呟いた。

なにがそんな感じなのか、正直細かいことはわからない。
でも、そのあっけらかんとした感じでいいじゃんって思う。

傷付いているかもしれない僕。
でも、僕は今傷付いていない。正確には傷を見ていない。
それじゃダメなんだろうか。
「回復」する必要はあるの?
僕は、傷付いているかもしれない僕でいいやって感じだよ。
あの人もそう言ってくれそうだ。
「傷ぐらい誰だってあるよね〜。そんなこと気にしてたらしんどくない?」ぐらいのことを、笑いながら言ってのけそうだ。

くすっと笑って、お布団をかぶった。
なんだか今日は怖い夢を見ないような気がした。
結局、床にはまだラジオの部品が転がっている。

別窓 | Diary | コメント:0 | top↑
<<星を拾いに | ずっと近くに | 五月の庭>>
コメント
コメントの投稿
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

| ずっと近くに |