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神に祈った事それは...早くあなたのお気に召される様に
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教授
2010-08-02 Mon 00:06
教授は、いつもそこに待ち構えている。
大きくて厚みのある木の机。頑丈そうな肘置きと長い背もたれのついた椅子。
そんな机と椅子にまるで一体化している、教授。
そこ、とは大学の古い研究室棟の一室のことで、私はいつもバタバタと大きな音を立てながらそこまで辿り着く。
ほかの研究室より大きく見える扉の前。あたしは一度大きく息を吸い込み、心の衿を正す。

トントントン。ノックは必ず3回。
「どうぞ」、教授の声はいつも変わらない。
私が来たことを見透かしているのだろうか。そういえば、教授の鼻声は聞いたことがないな。今度、ノックを2回にしてみたら違った声が聞けたりしないかな。というか、教授の研究室は扉が大きいだけではなく、ドアノブも重いに違いないよ。
くだらないことがパパパパパっと無意識のうちに頭の中で思い浮かぶ。

「失礼します」、何度も足を踏み入れているにも関わらず、ノブを回す手は固く、声には緊張の色が混じっている。
「おはよう」、教授はいつもと変わらない落ち着きを払った調子でわたしに声をかける。
低いソファアに腰掛けて教授の方に顔を向けると、教授はじっと私を見ていた。

「元気にしていた?」 教授はすごく丁寧に尋ねる。
「今日けちょんけちょんにされるとずっと思いながら、三日前からは夢にまで教授が出てくる日々でした」
「ん? 元気にしていたかどうかを聞いているんだよ」
吹き出る汗水のような気持ちで日本語もままならない状態の私に、教授は鼻笑いを含ませながら問い直す。
「いや、元気にしていたかどうかを聞かれたので…」
教授はまったく改善されない私の受け答えを分解する。
「けちょんけちょん」。「三日前から私が夢に出てくる」。
そして、また鼻で笑うだけで何もコメントしない。焦った私は同じように尋ねてみる。
「教授はお元気にされていましたか?」
「うん。相変わらず、忙しいけれど。昨日はゼミの飲み会があってね…」
笑いながら話す教授に釣られて私も笑うと、教授はサッと真顔になる。
同時に、私もビクッと真顔になる。
「それで?」。そして、教授は突然切り替わる。
「あ……、はい。あ、えっと」。私はいつも一歩出遅れる。

教授と私はいつもこんな感じである。
周りの人からは、教授は私を気に入っているから「大丈夫!」と言うが、このやり取りをどの角度から見れば「大丈夫!」だなんてことが言えるのか、私にはさっぱりわからない。
若干斜めに構え直した教授を私はじっと見つめてみる。
教授の目は大きいだけで、そこにはなんの答えも映っていない。

『教授がさ、私を認めてくれることは絶対ないんだ』
真顔で突然始まった論文指導の最中、吹き出る汗水のような気持ちがサーッと引いて、途端に寒気を感じ始める。
いかに私の論述は感情的であるか。自分の考えていることを真面目に書き過ぎ。問われていることに対しての答えになっていない。そのうえ文章に強弱がなく、はっきりしない。いっぺんに全部のことを解決しようとしても、何も解決しない。ぞうすいを作るにしても、まずはお米を炊かなければならないだろう?
「どれだけ良心的な心を持って読んだとしても、これじゃあマイナス評価をつけるしか仕方がないよ」
とどめを刺された私は「しゅん…」となる。正した衿もよれよれだよ。

帰る間際、教授は突然喋り出す。
「そういえば…」
それは教授なりのフォローとヒントで、その時私は初めて泣きそうになる。
どれだけ簡潔すぎて理解が出来ない指摘をされても泣くまいと決めていたのに。
「まあ、大阪府は今それどころじゃないけれどね」
忘れずにオチも言って笑う教授に釣られて笑うと、やはり教授はサッと真顔になる。
「もう、いいかな?」。それは、教授の終わりの合図。

「失礼します」、教授の研究室をあとにすると、あたしは途端に淋しくなる。
今すぐ忘れ物でもしたふりをして大きく重く見えるその扉をもう一度開けないと、もう次ここへ来たときには扉が開かなくなってしまっているような、そんな気持ち。
でもね、知ってるんだ。教授の大きな目にそんな不安に満ちたあたしは見透かされて映らないこと。
だからもう一度、大きく息を吸い込み足を踏み出す。
真夏の太陽の下、蝉の声が鳴り響く中へと。
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